ポレポレ日記帳。

趣味はインテリア、ガーデニング、ダイエット。ぼーっとしているノマド主婦です。

幸せでありたいと考えるようになった経緯とか色々



地元に帰省しました。
私は正直いって、あまり地元が好きではありません。理由はそこに逃げられない現実があるからです。
父の会社のことや、最重度知的障害の姉のこと、お墓のこと、巨デブでいじめられっ子コフコフだった過去(←w)など、細かいことを上げるとキリがありませんが、帰省すると鬱々真っ盛りになってしまい、壁に頭を殴りつけたくなってきます><。
太っていたのは自業自得だし、過去のことはどうしようもないのでいいとして、とにかく現実と戦いたくないという理由で家に居たくないし、てか実家帰省してるのに誰もいないし、あっあっあっ!ヒエヒエヒエーッ><。
今、謎の喫茶店でPCいじくり倒しております。午前中から外をウロウロしていて今日3件目のキャッフェ。
充電があと16%しかありません。
 
とかなんとかグダグダ言っておりますが…。
今回の帰省ではそこまでダークサイドに陥っていません。
上に書いた沼の底的ココロドロドロは、もう過去のことになった…かな?


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地元に帰ってきて、まだ「嫌だなあ」とは思いますが、「自分は不幸の塊だ」「悲劇のヒロイン誕生コフ!」とかっていうのはいつの間にか無くなりました。
多分ですが、ここ1年ぐらい「幸せでありたい」「どうすればいつでもニコニコしていられるのか」を考えるようになったからだと思います。
 
これまでは「私は不幸だ不幸だ」「みんなとは違う><。」「普通に育ちたかった」「人生はつらい」といつもネガティブに考えていました。
よくよく考えてみると、こういうことを考えられるのって心が貧相で孤独な人の特権のようなものな気がします。
こういう思考、感情に慣れていた私は昔「幸せになるのが怖い」と思っていて、「現状維持=心が貧相で孤独な人のままでいたい」と無意識的にも思っていたような気がします。
 
母親を早くに亡くしていましたし、父親の帰りはいつも遅く家でぼっち、姉は知的障害、自身は100キロ弱の巨デブという、なんだか奥田英朗の小説に出てきそうな家族構成。
厨二病的にノートに「SHINE」「氏ぬ><。」「殺!」とか書きなぐっていたこともありました。
 
10代〜20代前半。
鬱屈した気分、「うまれですみません><。」「オッス、おれ葉蔵」的なテンションで生きていました。
 
でもここ1年は、「幸せでありたい」「幸せのために必要なのはお金なのか?愛なのか?なんなのか?」「心を豊かにするためにはどうしたらええんや?」ということを、ひたすらひたすら考えて過ごしていました。
 
きっかけは、露骨に剥き出しに赤条条に「結婚」です。
結ばれると、アレですね。自分だけの人生じゃないっていう自覚が芽生えて、世捨て人的な生き方が出来なくなったんですよね。
 
結婚したら、人生が自分だけのものではなくなりました。私が不幸な気分でいると、夫も不幸になってしまう。それは、よくないことだ。
私は幸せでなくてはいけないんだ。そういう自覚です。
 
単純なことですが、身近な人が楽しそうだと私も楽しくなりますし、身近な人が悲しそうだと、私も悲しくなります。
こんなことに気づかず、25年以上も生きていたなんて、ちょっと恥ずかしいですねアテクシ…><。
 
今が辛そうな人を見ると、私も辛くなります。助けてあげたくても何も出来ないときは、本当に気持ちが沈んでしまいます。
助けを求めていない人を助けようとする行為が暴挙であることもわかっていて、それで何もできなくて、be in loveです。
 
もしかしたら、私は今までたくさんの人の気持ちを沈めてきたのかもしれません。猛省なうううううう><。
 
宮沢賢治は言いました。
「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
 
人を蹴落とすこと、他人をあざ笑うことで勝ち誇った気分になっていた時期もありましたが、それで一瞬の快感は得ても、幸せだと感じられたことなどなかったなーと今までの人生を振り返って思い、「賢治先生、なるほど、そういうことか」と思いつつ、これにて充電切れかけ&日が落ちてきそうなので失敬!失敬!
 
私は残りの人生、卑屈にならず、前向きに、枯れないように、幸せでありたいと願いつつ生きていきたいです。
踏ん張ったり、諦めたり、大きな決断をしたり、深い悲しみに陥ってしまうことがあるかとは思いますが、それでもちゃんと前を向いて生きていきたいです。
 
こういうことを考えさせてくれているんだと思うと、地元に感謝せねば、KREVA、相葉雅紀!for dream…
 


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