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ポレポレ日記帳。

趣味はインテリア、ガーデニング、ダイエット。ぼーっとしているノマド主婦です。

やられたらやり返す、それ余計に自分を追い込むことだよね

※他ブログですが、ずっと昔に書いて下書きに保存されていたブログを引っぱりだしてみました。




小学生の頃、私はからかわれやすいタイプの子供だったのだけれど、それを親に言ったら「いじめられたらやり返せばいいじゃない」と言われていた。

でもチキンだった私は、いじめられてもやり返すことはできなかった。

というか、子供ながらに「やられたからってやり返しても、さらにいじめられるだろJK」というのを理解していたんだと思う。

だからやり返すことはなかったし、嫌なことがあったら学校を3日ぐらい休んでいた。

 

休んでいたらいじめっ子が「ごめん」と謝ってきたことがあった。

朝、学校に行く時間になったら「オエーッ」と言って登校拒否アピールをしていたおいら氏。

それについて親が学校の先生に言ったらしく、先生がその子たちに尋問したみたい。

 

その子たちは多分、私の反応が薄いから何言っても傷ついていないと思って、無自覚に私を傷つけていたんだと思う。

 


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もし私がその子たちに対して「こいつらは敵だ!悪いヤツはやっつけてやる!」と思っていじめ返していたら、相手をめちゃくちゃ憎んで、さらに辛くなっていたんじゃないかなーと思う。

自覚して攻撃するということは、とても辛いことだ。穏やかではない。

毎日その子のことを考えなきゃいけなくなってしまう。

いじめ返さなくてよかった。

 

中学校にあがっても、私はからかわれキャラだった。

見た目が魔人ブーだったから仕方がない。

 

「デブリン」って呼ばれ、からかわれていた。

中学校にあがってからは、自分のクラスでの立ち位置みたいなのを把握して、立ち振る舞いをどうしたらいいのかある程度わかるぐらいに成長していた。

だから、何か言われても「ん?押しつぶしてやろうか?(にっこり)」と、冗談で対応できるようになっていた。

 

自分は運良く、ギャグで返せるようないじられ方程度で済んでいたため、それをいじめと思ったことがあっても1回か2回程度だった。

だけど、そうではない、ひどいいじめられっ子は世界中にたくさん存在しているのだと思う。

 

いじめのこわいところは、場合によっては死んでしまう人がいるということだ。

それはとても悲しいことだし、あってはいけないことだと思う。

肉体的には死ななくても、心が死んでしまう人はたくさんたくさんいる。

 

心が死んでしまうのは、いじめられっ子だけではないと思う。

いじめっ子の心も同時に、枯れて枯れて枯れていくんじゃないかなって思う。

大人になってから、私は嫌なことを言う人、鼻につく人を、どうにかしてのけ者にしたいと思ったことがあった。

嫌な思いをさせてやりたいと思ったことがあった。

 

チキンだから、実際に行動に移すということはなかったのだけれど、そのときの私は「いじめをしてやりたい」と無自覚なのか自覚的なのか、とにかく思っていたようで、どんどん心が枯れていくのを感じていた。

その頃、自分が気に食わないからって相手をいじめてやろうとするのは、自分を傷つける行為なんだと思った。

自分と合わない、異質だと感じた人がいても、育ってきた環境が違ったんなら当たり前なんだと理解した。

自分の物差しで他人をはかることは苦しいことだし、いじめって馬鹿馬鹿しいことなんだなとわかった。

 

1000文字しか書いていないのに、なんか矛盾がチラホラ見えるけれど、ただ思ったことをジャジャンと書いただけだから気にしない。

 

「やられたらやり返す、倍返しだ」って言葉は、気持ちがいい言葉なようで、いじめに当てはめたら気持ちがざわつく言葉だなー。

 

それでは聴いて下さい。藍坊主で「瞼の裏には」。

 

 

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