団塊世代の格差の話、自分はプア充にはなれないって話
今、オシャレなキャッフェーでジャスミンティーなんてものを飲みながら仕事をしている。
疲れたから、ブログを書く。
団塊世代の格差
さっき、隣の席でアフタヌーンティーを楽しんでいる60代と見られる女性2人組がいた。
その2人はカタログを持って「春らしい色のコートがほしいわね」なんて会話をしていた。
指には、金色の謎の指輪をしていて、なんだか上品な感じだった。話が盛り上がって、コーヒーをおかわりしていた。
いっぽう向かいには、これまた60代とみられる女性と、30代と見られるスーツの男性が一緒に座っていた。
どうみても親子のような感じではなく、不思議な組み合わせだなーと違和感を抱いた。
だから、というわけなのか、聞き耳を立てるのが好きな性格だからなのか、自分でもよくわからないのだけれど、おいらはその向かいの2人組の会話に耳を傾けた。
すると、スーツの男は「こっちが立て替えてるんですよ?」「甘えてるんですか?」と怒った口調で話していた。
おいらはすぐに「ウシジマ!」とわかった、思った、怖がった。
よく見ると、スーツの男はギラギラした時計をつけていて、髪型もなんか怖そうな感じだった。
体格もよかった。おいらはもう一度「ウシジマ!」と思った、震えた、バイブった。
つまるところ、その2人組は、借金取りと債務者であり、取り立ての真っ最中だったのだ。
ばあさんのほうは「○日には返しますから」と、特にビビっている感じもなく返済の約束を口にしていた。
借金取りは「○日じゃ遅いんだよ」「もっと早く準備できないの?」と言った。
それ以上は、隣に座っている素敵BBA達の会話の声が大きかったせいもあって、よく聞き取れなかったのだけれど、とにもかくにも団塊世代間での格差をいっぺんに感じたひと時であった。
プア充ってなぁに?
今「プア充」なんて言葉が流行っている。本が出ているようなので、近いうちに読んでみたいとは思っている。
プア充の意味は以下のとおり。
「プア充」とは貧乏だが人生が充実している人物のことである。
元ネタは書籍「プア充 高収入は、要らない」。
収入が少ないプアな状態にも関わらず充実した生活を送ることができる人物であり、貧しいからこそ楽しく豊かな生活を味わうことができるとしている。
現実世界(リアル)が充実している人物のことを指すリア充という言葉からの派生語。
通常高収入である方が人生が豊かになると思いがちだが、高収入を得るために仕事に人生の大半を使うよりも
収入は低くとも多くの時間を他に使うことができる方が人生として豊かだという主張。(プア充とは - 意味/元ネタ|時事用語)
「プア充」というのは、年収300万円程度でも、というより、年収300万円だからこそ、豊かで幸せな生活ができるという考え方をもてる人のことらしい。
年収600万円になったところで、それでは仕事に人生を縛られることになる。責任も重くなるし、自由に使える時間もなくなる。
それだったら年収300万円程度の収入でも、その身の丈に合わせて生活状況を充実させようじゃないかってことなのだそうだ。
プア充にはなれない
「プア充」には賛否両論あるようだけれど、おいらはこの主張のことは好きにはなれない。
興味深い言葉ではあるけれど、この考えには賛成できない。
なぜか。それはおいらの中で「プア」と「充」がどうやったって相性が悪くて、意味がまったくわからないからというのが1つの理由ある。
貧乏なのに充実するわけがない、気持ちが荒むだろ、っていう貧相な考えしか今の段階では持てていないからだ。
おいらは学生時代、アパート暮らしで、実家暮らしの子と比べれば、節約節約に勤しんでいたほうだ。
お金がなくて、豆腐ばっかり食べていたこともあったし、ガスが止まって冷たいシャワーで身体を洗うこともたまにあった。
自分が惨めに感じることは多々あって、でも見栄は張りたいみたいな小池虚栄子だった。
ボーナスがしっかり出る会社に就職した子の話を聞いて嫉妬もしたし、高級化粧品を使っている友達にもヤキモチをやいたりしていた。
「気持ちの持ちよう」「他人と比べるから心が余計貧しく寂しく感じるんだ」と言われればそれまでだ。
でも人付き合いがある以上、どうしてもおいらは比べてしまう。比べて「自分は下でもいいんだ」と思えたことは一度もない。
だから、家庭環境もなんか不全だし、巨デブで見た目もキモい自分は、葛藤しまくり加藤紀子だった。
自分の心を変えればいいのだろうか。しかしこれを変えるのはすごく難しいことだ。
それだったら、お金を稼ぐことのほうが簡単な気がする。そのぐらい、自分は諦めの悪い人間らしい。
IKKOさんの「どんだけ〜」的な感じで「みのたけ〜」を考えて、そこにおさまるというのも、人生をイージーモードで生きるには大切なこと。それは理解できる。
でも、それができない。だから「プア」でも心が充実出来るなんていうのはよくわからないのである。
それに、冒頭に書いたとおり、年齢を重ねて同世代の人と差が出来るのはこわい。
一方は素敵BBAとして年齢を重ねているのに、もう一方は借金おばあさんになっているというのは怖すぎる。
自分も借金ばあさんになりうる可能性もあるから怖すぎる。
なぜ借金を抱えてしまったのかはわからないけれど、とにもかくにも、お金がないということはすごく怖いことだ。
だから、年収200〜300万円でずっとずっと1人で暮らしていったら、おいらは神経症か何かになってしまう。
過去の自分には戻りたくないのだ。あの頃のおいらはまったく幸せではなかった。
「高収入のほうが幸せだからお金をたくさん稼ぎたい」というより、とにかく不幸になりたくない。
不幸せだと、おいらは性格が歪んでるからさらに性格がドロドロになる。病む。
惨めな思いもしたくない。惨めだと思うと、悔しくてイライラしちゃう。メソメソしちゃう。
これは、貧乏な人が不幸だと決めつけているのではなく、自分が貧乏だった頃は正直いって幸せではなかった、だからお金がないと生きてても心地よくないという話だ。
今は貧乏ってほどでもないから、ちょっと幸せだ。
この生活がずっと続くようにするためには、おいらはお金を稼ぎ続けて、少しずつ貯め続けなければいけない。もしかしたら恐怖で動いてるのかもしれない。
プアでも充実しているというのは、正直いってうらやましい。
お金のことを考えるストレスも、仕事のストレスも抱えないで、身の丈をわきまえて生活ができるというのはすごいと思う。
なぜ不安が生まれないのだろう。
プア充が思考停止してるのか、はたまたおいらが神経症なだけなのか。素敵な未来を夢みても無駄ってことなのか。
心ってなぁに?ブッダか何かをまじめに読めばわかる?
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